思い出の味はいま 東京に残るボンボンキャンディのお店へ

思い出の味はいま 東京に残るボンボンキャンディのお店へ

京成本線と都電荒川線、東京メトロ千代田線が交わる荒川区町屋は、住宅と町工場が密集し、昭和の雰囲気があちこちに感じられる地区だ。かくれんぼ遊びをしている子どもがひょっこり出てきそうな一角に、ピンク色の外観が目を引く建物がある。

「遠くからでも目立つかなと思って、ピンクにしたんです」

ムラマツ製菓株式会社の3代目・村松義孝代表取締役(66歳)は、屈託のない笑顔で教えてくれた。

直売所という表現が似合う店頭では、村松さん手作りの飴や砂糖菓子を売っている。店の売り上げの7~8割を占めるウイスキーボンボンは、村松さんの祖父母がおよそ100年前に考案したという。

シンプルだからこそ活きる職人の技

ウイスキーボンボンと聞いて、洋酒の入ったチョコレートをイメージする人もいるかもしれないが、ムラマツ製菓の商品はウイスキーを砂糖結晶の外殻で包んだシンプルなもの。直径約2センチのドーム型をしており、口の中に入れて軽くかみ砕くと、中からトロッとウイスキーがあふれ出し、まろやかな甘みと上品な香りが広がる。

「砂糖が欠乏している時代でありながら、お酒が入っていて、しかも手頃な価格で出したものですから、全国規模で売れましたね」

中の液体はウイスキーに限らない。ボトル型がかわいいブランデーはウイスキーに次ぐ人気を誇るほか、日本酒、ワイン、紹興酒、果実酒などのアルコール類、ぶどう、ピーチ、りんごといった季節の果物を使ったボンボンも登場する。価格は一部商品を除き1パック400円(税込)。

「液体という液体は全部入れてみました。砂糖と相性の悪い油と酸味のあるもの以外なら、なんでもボンボンにできます」

砂糖に水を加えて煮詰めたものに、洋酒やジュースなどを混ぜ、コーンスターチで作った型に流し込む。その上からコーンスターチを振りかけて、乾燥室に数日から10日ほど置いておく。そうすると表面の砂糖が結晶化し、液体は分離して中に残る。型外しをしたら、さらに常温で寝かして、しっかり固まれば完成だ。

作り方はシンプルだが、糖蜜の温度や乾燥日数は気温や湿度に合わせて調整する必要があり、職人の勘と経験が求められる。

「焼き物と一緒で、できてからじゃないと結果が分からない。良いか悪いか、半分博打みたいなところもあるんです」

完成したボンボンは長期保存が利く一方、砂糖結晶の層は薄く衝撃に弱いが、それには狙いがある。

「口の中でポロッととろけるのが、最高においしい状態なんです。層を厚くするとガリガリと音が先に立っちゃって、シロップもしっかり味わえない」

時代を超えて愛され続ける味

1970年代に起きたボンボンブームの影響で「子どものころに食べた懐かしいお菓子」という記憶を持つ大人は少なくないだろう。しかし地域の子どもたちにとってムラマツ製菓のお菓子は今も身近な存在だ。小・中学生に限り1個10円のばら売りを行っていて、近所の公園で遊んだ帰りに、お小遣いを持って子どもたちが飛んでくる。

「私が隣の工房にいると、『おじさ~ん、買っていくよ。10 円置いてあるから』と言って、みんな買った数だけ正直に持っていくんです」

ときには「このジュースがおいしいからボンボンにしてみて」と、子どもたちからリクエストされることもあるとか。

甘いものに目がないのは子どもに限らない。ボンボンには体のエネルギー源である糖分がたっぷり含まれているから脳の活性化、疲労回復にうってつけ。仕事終わりのご褒美に食べる甘いボンボンはまた格別だ。

そのまま口に入れても十分おいしいが、村松さんがこんな味わい方を教えてくれた。

「コーヒーや紅茶に添えれば、見た目のかわいらしさが増しておしゃれです。カップに入れて溶かすと、ボンボンの香りがマッチしておいしいですよ」

パイオニアとしての誇りと使命感が原動力

現在、ムラマツ製菓のボンボンの流通量は多くない。「魅力的なお菓子なのにもったいない」という声が聞こえてきそうだが、取引先を絞っているのには理由がある。

「デリケートなお菓子なものですから、上手に売ってくださる業者だけに卸しています。電話での注文も受け付けていますが、基本的にはお店まで足を運んでくださったお客さまに手渡しで販売しています」

オンラインショップはもちろんない。ところが、ここ数年口コミ効果で売り上げは伸びているという。

「若い子たちはネットで見つけてここまで来るようです。先日は宮城県から20歳のお客さまがいらっしゃいました」

年配者の間でも“郷愁の味”として再び人気を集めている。友達同士の集まりに手土産として同社のボンボンをふるまうと、「懐かしい。私も買いたい」と大評判。毎日のように、全国各地から電話注文を受けている。

「東京で作っているのはうちぐらいになってしまった。こう見えて私もいい歳ですが、ボンボンのパイオニアとして市場からなくしてはいけないという使命感でやっています」

そう答える村松さんは、創業者の思い出を懐かしそうに振り返りながら、“ボンボンは私のルーツ”と言い切る。

「祖父が健在のとき、『最終的にお菓子作りとはなんだ』って聞いたことがあったんです。そうしたら『遊び』と。当時の私は共感できなかったんだけど、今となっては遊びパート2というところですかね。祖父や父の息吹をみなさんに伝えたくて、頑張っています」

今日もムラマツ製菓から、ボンボンを買い求める子どもたちの声が聞こえる。

ムラマツ製菓株式会社
東京都荒川区町屋4-24-7 map
03-3895-4353
10:00~19:00
日曜・祝日定休
http://www.bapsd.com/muramatsu/