2026.10.19配信
平日の午前11時前。東京・佃の下町にある『肉のたかさご』は、すでに多くのお客さまでにぎわっていた。弁当を買う人、惣菜を選ぶ人、名物の「東京やき豚」を目当てに訪れる人。取材をしている間にも客足が途切れることはない。
年末ともなれば、その光景はさらに激しさを増す。東京やき豚は1日に2,000本近く売れることもあり、店の前には長い行列ができる。

「この辺りは、ほかにお店がたくさんある場所ではないんです。だから、何かのついでではなく、肉のたかさごへいらっしゃるために、わざわざ遠くから足を運んでくださる。本当にありがたいと思っています」

そう語るのが、肉のたかさご株式会社の3代目代表取締役である藤田博子さん(56歳)。昭和22年創業の老舗を先代から引き継ぎ、社長に就任して14年になる。
おいしさを倍増させる「頭で味わってもらう」
やわらかで旨味が凝縮された名物の「東京やき豚」、肉そのものの旨みを引き出した独自製法の「黒毛和牛ローストビーフ」、サンドウィッチマンの伊達みきおさんも舌鼓を打った「やき豚コロッケ」や「ロイヤルメンチ」など、肉のたかさごには人気を集める商品が揃う。しかし藤田さんは、商品がおいしいだけで十分だとは考えていない。そのおいしさや、商品に込めた作り手の思いをお客さまに伝えることにも力を注いでいる。

たとえば、肉の産地や素材、製法、おいしい食べ方。 長年肉と向き合ってきたプロたちがこだわり抜いた商品の背景まで、販売スタッフがお客さまに伝える。藤田さんはこれを「頭で味わっていただく」と表現する。
「おいしい理由を伝えることで、お客さまは召し上がる前からその味、そのおいしさを想像します。そして実際に召し上がったとき、その理由と味わいが結びつくことで、より一層おいしさを感じていただけます。だから販売スタッフは単なる売り手ではなく、作り手とお客さまとの架け橋だと思っています。心をこめてお客さまに伝えることが大事なんです」

会社とは、結局「人」である
会社員だった藤田さんが肉のたかさごで働き始めたのは20代前半の頃。
転機となったのは、父であり二代目社長を務めた現会長の有宏さん(85歳)の病気だった。取引先への配達も担っていた有宏さんは、手術のため入院することになっても、仕事のことを気にかけていた。その姿を見た藤田さんは、家業を支える決意をする。

「父には仕事のことを気にせず、治療に専念してほしかったんです」
入院が決まった翌日、勤務先に退職の意思を伝えた。急いで配達ルートを教わり、自ら運転して取引先を回るようになった。
「22、23歳の女の子が突然入ってきたって、何もわからないじゃないですか。本当にスタッフみんなに支えてもらいました」
社員だけでなく、取引先の人や、店にやってくるお客さまにも支えられた。そんな経験もあってか、藤田さんの経営の根底には常に「人」がある。
「会社ってなんだろうと考えると、結局は人なんです。どんな大企業と取引しても、相手は人。自分の会社も人。お客さまも人なんです。だから一つひとつの出会いや人とのつながりを大切にしていきたいと思っています」
変わらないために、変わり続ける
肉のたかさごで販売されている名物の東京やき豚ややき豚コロッケなどの惣菜は、手作りのものがほとんど。

「一つずつ、“おいしくな~れ、おいしくな~れ”とスタッフが心をこめて作っています」
そうやって伝統の味を作り続けてきた肉のたかさごだが、藤田さんにとって「伝統の味」とは昔の味をそのまま維持することではない。
「味が変わらないことではなく、お客さまが“おいしい”と思う気持ちが変わらないことが一番大事なんです」
時代とともに素材も調味料も、人の味覚も変化する。だからこそ味も進化させ続ける。

看板商品の東京やき豚も、肉質にこだわる一方、味を確認するときの基準は「昨日と同じか」ではない。「今日食べて、本当においしいか」。毎日試食し、一口目のおいしさを確かめる。
新たな定番となったローストビーフも試行錯誤を重ね、肉そのものの旨みを味わってもらうための独自製法を開発した。その味を支えるスパイスの配合は、現在、藤田さんだけが知る秘伝のレシピとなっている。

こうした味への探究心は、スタッフにも受け継がれている。
その一例が、若手スタッフによる「黒毛和牛コンビーフ」の開発だ。約1年にわたって試作と改良を重ねて商品化を実現し、知る人ぞ知る人気商品となった。現在も新たな商品づくりに挑戦している。

失敗から「何を学べるか」
“東京みやげの新定番”を目標に掲げ、商品づくりだけでなく、広告やメディアを通じてその魅力を伝えることにも力を入れてきた。
ただ、藤田さんが何より大切にしているのは、実際に商品を味わった人の声だ。「口コミ以上の宣伝はない」と語り、人から人へ「おいしいよ」と伝わる力を信じている。

だからこそ、商品を手に取る一人ひとりへの思いを忘れない。
「年末には一日に1000本を超える数のやき豚を作ります。作り手にとっては何百本でも、お買い求めになる方にとってはそのうちの1本、召し上がる方にとってはその1本のうちのさらに1枚、2枚なんです。年末1時間、2時間並んで買ってくださる方にとっての“唯一の1本”を作っている。その気持ちを忘れてはいけません」
一方、知名度が急激に高まったことで、大きな失敗も経験した。
インターネット通販に取り組んだ90年代半ば、人気のテレビ番組で商品が紹介され、わずか1時間ほどで3,000件もの注文が殺到。製造も発送も追いつかず、藤田さんは1カ月以上、発送と謝罪に追われた。
そこで痛感したのが「地に足をつけた商売」の大切さだった。注目だけを追わず、商品を確実に届けられる体制を整えながら進めていく。その教訓は、その後の新たな挑戦にも活かされている。
東京駅で新しい挑戦
2026年6月には、東京駅に直結する大丸東京店に常設店舗をオープンした。肉のたかさごが百貨店に常設店舗を出したのは、今回が初めてのこと。

10年以上前にも出店の打診を受けたが、真空パックの商品を並べるだけでは、本当のおいしさを伝えられないと断った。再び声がかかった際には厨房の設置を希望し、調理できる店舗を実現。大丸東京店ならではの手作り弁当を店内厨房でつくっている。
新たな場所でも、商品に向き合う姿勢は変わらない。

そこで生まれたのが、大丸限定の「黒毛和牛ローストビーフキューブ」だ。発想の原点は、「東京駅から旅立つ人に、名物の黒毛和牛ローストビーフを電車や新幹線の中でも美しく、一口で味わってほしい」というものだった。

さらに、薄くスライスすることの多いローストビーフだが、厚く切っても柔らかであることを実感してもらいたいという思いもあった。
そのため、肉の成形段階からキューブ専用に作り、焼き加減やカットの大きさまでこだわり抜いた。どこを食べてもスパイスの風味と牛肉のうまみが堪能できる一口サイズに仕上げたことで、少し贅沢な旅のひとときを気軽に楽しめる一品となった。
「おいしさ」を全国へ“チリバメル”
東京を訪れた人が商品を各地へ持ち帰り、その家族や友人へおいしさが広がっていく。
まずは“東京みやげの新定番”へ。そしてその先は“定番”へ。過去の経験から学んだ「地に足をつけた商売」を忘れず、届ける先を着実に広げていく。

さらに、その視線はすでに海外にも向いている。
「このおいしさは世界共通だと思っているんです」
肉加工製品の輸出は、さまざま規制があり現実的にはとても厳しい。海外で広げていくには、現地で製造するという手段になり、そのためには職人の問題などハードルは高い。それでも、いつか海外での生産も視野に入れながら、そのおいしさを世界へ届けたいという思いは変わらない。
“美味しさの喜びをチリバメル”――その理念のもと、佃から東京駅、全国、そしていつか世界へ。肉のたかさごのおいしさは、人とのつながりを大切にしながら、これからも一歩ずつ、その歩みを進めていく。

肉のたかさご 本店
東京都中央区佃2-21-6 map
03-3531-4529
月・水・金 10:00~19:00
火・木・土 10:00~18:30
定休日:日曜・祝日・年始・夏季休業
肉のたかさご 大丸東京店
東京都千代田区丸の内1丁目9-1 大丸東京店 B1F
10:00~20:00
定休日:百貨店の休業日に準じる
https://www.yakibuta.jp/index.html


