「直す」がつなぐ フィルムカメラに込める下町職人の熱意

「直す」がつなぐ フィルムカメラに込める下町職人の熱意

クラシカルなカメラが趣味の世界で再生し始めている。

フィルムを装填し、光や距離を読み取って設定する。限られた枚数の中で、集中力と根気をもって被写体と向き合う。

Leica M4+NEOPAN ACROS 100Ⅱ f8 / ss1/125

操作は簡単ではないけれど、自分で撮影している実感がある。スマートフォンのカメラ機能では得られない喜びだ。

Leica M4+NEOPAN ACROS 100Ⅱ f8 / ss1/125

「現像に出してプリントしないと何が撮れているか分からないっていうワクワク感がフィルムカメラは面白いんだよ」

そう語るのは、有限会社ミヤマカメラサービス代表取締役社長の宮間泰夫さん(75歳)。カメラ修理55年の大ベテランだ。

フィルムカメラならどんな機種にも対応し、とくにドイツの名機ライカの修理を得意とする。

カメラ好きが永遠に憧れる理由

約100年前に誕生したライカは、35ミリ判カメラの模範として一目置かれ、いまだに人気が衰えない。

自然で繊細な描写力はもちろん、巻き上げレバーのスムーズな感触、カシャと静かでキレのよいシャッター音、品位あふれるクローム仕上げのボディなど、人の感性に訴える要素を数多く備える。手になじむコンパクトボディに超高性能のレンズがそろっていることから、ミリタリーや報道の分野で大活躍した。

「高いのにはちゃんと理由があるんです。すごく頑丈なんですよ、ライカは」

名カメラマンたちが愛用し、20世紀の写真史に足跡を残したことから、ある種の神話として語り継がれている。

現在、ライカでは2種類のフィルムカメラが作られている。公式オンラインショップの税込価格は70万円以上。しかも最近は値上がり傾向にある。

それに比べて中古モデルは手ごろなものがたくさんあり、熟練の職人によって点検・整備されたカメラはコストパフォーマンスが抜群だ。

ライカの母国で修理の腕を磨く

「ビス1つとっても、モノも質も全然違う。それぞれの部材に当時最高の素材を使って、高い精度の部品を作っているんだよね。中を開けてみて、そのすごさが分かった」

宮間さんがライカの内部を見たときの第一印象だ。

国産メーカーの中で古い歴史を誇ったペトリカメラの社員だった宮間さんは、1960年代後半から1970年代前半にかけてヨーロッパに赴任する。

ドイツの代理店に派遣されたとき、ライカの修理を行っていた隣のリペアマンにコーチングを頼んだことが始まりだった。名前こそ知っていたものの、そこでドイツの精密光学機器の驚異的なレベルを目の当たりにする。修理の数をこなしつつ、本を買って勉強するなどして技術をものにしていった。

帰国後、日本の大手メーカーの修理外注店としてミヤマカメラサービスを立ち上げたのは1982年のこと。誠実で丁寧な仕事ぶりは口コミで広がり、複数のメーカーと契約するに至った。

持ち主の思いもよみがえらせる

古いカメラはどうしても故障が多くなる。しかし、電源を必要としない機械式カメラの高級品は、メンテナンスをすれば末永く愛用していける。

近年のカメラはメーカーのサポートが終了してしまうと、電子回路に故障が発生した場合お手上げというケースが少なくない。

「僕の感覚でいうと、デジタルカメラは家電製品なんですよ」

現在は優良中古カメラ店からの依頼が大半だが、宮間さんの腕を頼って、個人からも届けられるそう。

以前、ある女性から「亡くなった父の形見が出てきたんです」とバルナック型ライカが持ち込まれた。

約30年間にわたり製造されたバルナック型は、次々と改良が加えられたため多様なモデルがある。宮間さんがその場で分解してチェックした結果、直せることが判明した。

作業終了後、女性に連絡して修理品を渡したところ、後日「父のカメラでまた写真が撮れました。ものすごく感激しました」と菓子折りを持ってきた。そのエピソードが今でも心に残っているという。

故障箇所の見当を付ける知識と経験が修理に必要なのは当然だが、カメラ全体の絶妙なバランスが損なわれないよう、慎重で正確な作業が求められる。宮間さんは1日1台から1.5台のペースで行い、撮る道具としてしっかりよみがえらせる。納期は早くて2週間。

修理代はオーバーホールでおよそ2万円から2万5000円、部品交換が発生した場合は3万5000円くらい。オーバーホールとシャッター幕の交換で10万円近く請求するところがある中で、良心的な値段といえる。

「モノの生産は3Dプリンターでもできる。でも、使い込まれてクセのついたカメラの修理を自動化しようといっても絶対にできないんだよね」

クオリティよりも大事なものがある

壊れたら新しいものを買うのが当たり前の時代、古いカメラを直して使う人の喜ぶ顔が見られればそれでいいと、宮間さんは淡々と語る。

「1回直せば、また何十年と使えるからね。家にライカがあって、直してもらいたいという人は、相談に乗りますよ」

職人というと、気難しく、人を寄せ付けないというイメージを持つ人もいるだろう。実際、仕事場を見せたがらないリペアマンは少なくないそうだ。

宮間さんは、カメラの中を見たくなったらどうぞいらしてくださいというスタンス。初心者にも丁寧に説明し、決して言い逃れしないのが信条。クオリティも大事だけど、それよりも大切なのは人の信頼と強調する。

「仕事で関わる一人ひとりにとにかく真摯に向き合うこと。その中で『俺もまだまだ若造だな』って思うことも全然ある。接客していく中で自分流のやり方を見つけていくことが重要だと思うんだよね」

人情味あふれる寅さんの町・柴又にある工房で、宮間さんは依頼者とカメラを思いやりながら、動かなくなったカメラに息吹を吹き込む。

Leica M4+NEOPAN ACROS 100Ⅱ f8 / ss1/125

有限会社ミヤマカメラサービス
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