日常のなかで新たな体験を 西尾久の銭湯「梅の湯」ヒットの理由

日常のなかで新たな体験を 西尾久の銭湯「梅の湯」ヒットの理由

一日の終わりに疲れを洗い流し、スッキリとした気持ちになれるお風呂。肌寒くなってくると一層恋しくなり、湯に浸かる時間もついつい長くなるもの。

荒川区西尾久、旧小台通りにある『梅の湯』は、15時の開店と同時に毎日10数人の客がどっと押し寄せ、一番風呂を楽しむ。

浴室を持つ住宅が9割を超えるなか、ここは6種類のお風呂とサウナを備え、ユニークなイベントを次々と実施するなど、顧客の来店機会を生み出している。

土地の歴史を継承しながらリニューアル

白壁とダークブラウンの木目がコントラストをなす外観。和モダン風のテイストが下町の風情に溶け込み、ポップな看板が湯殿への期待を誘う。

のれんをくぐり2階のロビーへ。広い空間は休憩所を兼ね、家のリビングのように使う一人暮らしの人も珍しくない。

壁に並ぶ「いろはカルタ」は1951年の創業時、脱衣場の天井に描かれたものを継承した。

「銭湯は、お客様の感じやお店の雰囲気など、その土地の特徴が出るんですね。西尾久にあってしかるべき形にしようと一から作り直しました」

三代目店主の栗田尚史さん(39歳)は、老朽化した釜場を更新するにあたって、梅の湯をフレキシブルな場にしようと、2016年に補助金を活用して建て替えた。費用はざっと総額3億円。

改築前は浴室の奥に住居スペースがあったが、住まいを1階に移し、2階を浴場としたことで、ゆとりある湯空間を実現した。

白いタイル張りの浴場は清潔感にあふれ、高さのある天井窓から差し込む光もあって明るく開放的だ。

リニューアル後、1日当たりの来店客数は2倍になり、5年経った現在も微増を続ける。とくに22時以降、今まで銭湯に来る習慣のなかった近所の若者たちが訪れるようになったという。

ロッカーは男女40ずつ。日曜祝日の午後は男湯の入場制限をかけるほど盛況だ。

高濃度水素風呂は子どもでも入りやすい40度。水素と空気の細かい泡が出ており、アンチエイジングや疲労回復効果が期待できる。その隣は寝風呂とジェットバスの湯船だ。

43度と少し高めの薬湯は、入浴剤が市販されている「乳酸菌の潤肌お風呂・ウメの香りの梅の湯」をはじめ、ヨモギやユズなどお湯の種類が毎日変わる。

無料のサウナは70~80度の中温で湿度は高め。地下水をそのまま使う水風呂はまろやかな冷たさだ。極端な温度差がないので初心者でも安心して入れる。露天風呂で外気浴をすれば気分は上々。

ついで買いを促して客単価も満足度もアップ

お風呂上がりの極楽タイムには、冷たいものを味わいたくなる。ロビーの冷蔵ケースには、手ごろな価格のドリンクからリッチな気分を味わえるクラフトビールまで、さまざまな商品がぎっしり。

商品のチョイスは栗田さん自身が行い、入れ替えも頻繁だ。希少な品を意識して仕入れるので、ユーザーからの注目度も高い。

「銭湯は元々お風呂代だけ持ってくるような場所なんですけど、ここでの一杯がちょっとした楽しみになってくれればいいなと思っていて。持ち合わせがなくてもスマホで決済できるよう、“AirPAY” を導入しています」

梅の湯の入浴料は480円。物価統制令で入浴料金の上限が定められているなか、これらの売り上げが客単価のアップに貢献している。

フロントまわりは、入浴用品やロゴ入りタオル、浴場組合のグッズ、オリジナルウェアなどが所狭しと並ぶ。

お腹が空いたら1階併設の焼き鳥屋「梅京」へ。栗田さんの義弟の鈴木克典さん(39歳)が老舗の割烹料理店で培った腕を振るう。

焼き鳥は、その日串打ちした新鮮なものだけを備長炭で焼いて提供。大きめにカットされた肉はぷりっとジューシーだ。日替わりの串5本セット(650円税込)が一番人気だという。

日常づかいの場で新しい体験を提供したい

梅の湯では、絵本作家とコラボしたイラスト展やクリスマスミニコンサートなど、銭湯全体を使って定期的にさまざまなイベントを開く。

リクエストの声が多いのが「真夏の夜の怪談」。浴室照明を緑色に変えて、怪談話を披露。薄暗いうえに声が響き、参加者は肝を冷やした。

「日常の中で新しいことを体験してもらいたいというのがテーマにあります。生活がプラスになる情報を提供して、良かったら買ってもらう。それってすごくいいなと思って」

例えば、髪に優しいと女性に評判のナノケア機能のついたドライヤーを導入した。また、多機能のシャワーヘッドを男湯・女湯ともにいくつか設置してある。

ちょっと高めのシャンプーやボディソープも1回100円で利用可能。お客様が気軽に試せるだけでなく、企業のテストマーケティングの場にもなっている。

SNSでネガティブイメージを払拭

高度成長期には2600軒もの銭湯が存在した東京の銭湯も現在は500を切る。斜陽産業とささやかれて久しいが、12年前に事業を継いだ際、栗田さんに不安はなかった。

「繁盛しているお風呂屋はいろいろなことをやっていました。うちもできることをやれば、きっと良くなると思ったんです」

重視したのは情報発信。“銭湯は古い”というイメージを抱いていたり、この場所に銭湯があることを知らない住民たちへ向けて精力的に発信を行った。

尾久という土地は、ちょっとしたことでも情報がすぐに広がるという。下町の人情味と地元愛は健在で、できるだけ家の近くで用を済ませたい住民が多い。

コロナ禍でも常連の客足はそれほど鈍らず、一方でテレワークに疲れた人が足を運ぶようになり、利用者数に大きな変化はなかった。

「やっぱり地域に必要とされている場所でありたいなと思っています」

拘束時間が長く体力も必要な仕事だが、栗田さんは楽しくてやりがいがあると笑みをこぼす。

「いろいろなことをミックスできる柔軟性の高い場所なんです。お風呂と親和性の高いものは魅力が出るし、全く関係がなくても面白いものとして出来上がる」

若きオーナーのこだわりが詰まった梅の湯で、自宅のお風呂では体験できない開放感と至高のサービスに包まれてみてはいかが。

梅の湯
東京都荒川区西尾久4-13-2 map
03-3893-1695
15:00~25:00
月曜定休
http://arakawa-sento.jp/umenoyu

梅京
東京都荒川区西尾久4-13-2 map
17:30~23:00
月曜・火曜定休 ※営業時間・定休日は記載と異なる場合がございます。