楽なのにかっこいい ベルト職人が引き出した本革のパフォーマンス

楽なのにかっこいい ベルト職人が引き出した本革のパフォーマンス

あらゆるウェアの定番となったストレッチ素材。伸び縮みする合成繊維はビジネスウェアにも浸透しており、スポーツウェアメーカーが開発したスーツが続々と発表されている。

では、“ベルト”はどうだろう。強じんな肩や背の部分の牛皮を使うことが多く、伸縮性はほとんどない。メッシュ製や合皮製、アジャスターで長さ調整するベルトは確かに伸びるが、スーツスタイルには見た目がいまひとつ。

「今は着やすさが追求される時代。脇役のベルトですけど、上質な本革を使って、体に優しい機能性を取り入れた商品が作れないかなって思ったんです」

そう話すのは有限会社長沢ベルト工業の代表取締役・長澤猛臣さん(45歳)。2019年秋、東京都葛飾区のベルトメーカーがかつてない『伸びる本革ベルト』を発売した。

苦労した伸びる本革探し

伸びる本革ベルトは、一般的なベルト用レザーと比べて数倍伸びる革を使っているため、レザー自体が約4cmも伸びる。呼吸や食事、体勢で変わるウエストに合わせて伸縮し、パンツをしっかりホールドしてくれる。機能性を悟られない装いが魅力だ。

「一番の理想は、パッと見はシンプルなベルト。『いい革だね』っていうのは変わらず、着用してみたら『すごい』。うちがこだわる本革で作っているのが特徴です」

同社は、たたき上げの職人だった創業者の路線を継承し、雰囲気のあるベルト作りにこだわる。基本は表革、芯材、裏革の3層構造で、材料と手間を多くかけて、上品な盛り上がりを作り出す。

芯材には医療用のゴム帯材を使用しており、元に戻ろうとするゴムの弾性によって、レザーが伸びきってしまうのを防ぐ。

表革に採用したのは姫路レザー。兵庫県姫路地方は日本有数の革産地だが、よく伸び、耐久性に優れ、しかも雰囲気を出せる素材を探すのには苦労した。

もっと大変だったのが、ベルトの肝と言われる裏革だ。土台となりながら、表革のように伸びる革が方々を当たっても見つからず、皮革製造業者からは「無理なこと言うね」と断られるばかり。

開発開始から半年たったある日、同社で受託生産しているバッグ用のショルダーストラップがふと目に留まった。

それがイタリアCHIORINO Technology社の革。バックメーカーから支給されたもので、日本製にはない厚みがありながらよく伸び、経年変化しにくい。ヨーロッパのビッグメゾンが採用する一級品だ。直接仕入れることも考えたが、最小ロットと生産量が見合わず断念した。

頭を抱えた長澤さんがバッグメーカーの社長に相談したところ、1枚から売ってもらえることに。ベルトの製造だけでは手に入れることが難しい革で作ることができた。

職人が手作りする純国産ベルト

厳選された革をベルトに仕立てるのは腕利きの職人たち。同社にはパリコレで使われた特注ベルトを作った匠もいる。

作業はすべてアナログで、どの工程も一朝一夕でマスターできるものではない。コバと呼ばれる側面は、ふのり(布海苔)を塗って布で磨く。この作業を繰り返すことで、毛羽立ちが抑えられるとともに表裏の革が一体化する。とても手間がかかるため、省く業者も多いのだとか。

さらに、この後の革に色を入れる作業がとくに緊張するのだという。

「簡単そうに見えるけど、下手な人がやると結構はみ出るんですよ。染みがついたら取れないし作り直しになって、大変な金額になっちゃいますよ」

バックルの雰囲気にもこだわり、職人が砂型で手作りする埼玉県産の真ちゅう鋳物を採用している。磨き工程で表面の滑らかさを作り出し、めっき加工を施した。変色しにくく、美しい輝きを保ち続ける。

「安いベルトは亜鉛合金など軽い素材が主流ですが、高級革にはアンバランス。真ちゅう鋳物だと重厚感のある雰囲気になりますね」

革のカラ―はブラック、チョコ、キャメル、ワインの4色展開。バックルはスクエアとラウンドの2タイプで、ニッケル、ブラックニッケル、真ちゅう色の3色をそろえた。

長さはレギュラーサイズが全長約110センチ、ロングサイズが130センチ。バックルを取り外せば、裁断して長さを調節できる「隠しフリーサイズ仕様」になっている。

自信につながったエンドユーザーの声

定価はレギュラーサイズが1万1000円(税込)、ロングサイズが1万2000円(税込)。3000円前後と1万円以上に二極化する日本のベルト市場では高価格帯に位置する。市販品の倍の時間をかけて作られていることを考えれば決して高くないが、ファストファッションやベルトレスの流行もあり、メーカーにとって厳しい状況が続く。しかし長澤さんは今こそチャンスだと語る。

「海外製の安いものが売れているなかで、ちゃんとした良いベルトを日本で作っているっていうのが逆におもしろいのかなと思ってます」

とはいえ、いまはモノ余りの時代。とがった特長があっても新製品は出しづらい。

そこで利用したのが購入型クラウドファンディング。インターネットで資金を募るこの仕組みは、テストマーケティングやプロモーション効果もある。支援総額131万6000円、支援者112人が集まり、この商品のニーズはあると自信につながった。

OEM生産を主とする同社にとって、エンドユーザーと直接つながりを持てたのも大きな収穫だった。

「いろいろなご意見を聞いて、『まだまだベルトも捨てたもんじゃないな』と思っちゃいましたね」

この実績は販路開拓の追い風にもなった。家電量販店のヤマダ電機が可能性を感じて、2019年10月からECサイト・ヤマダモールで販売を開始した。ベルトのサイズと色、バックルの形と色をそれぞれカスタムオーダーできる。

「『結局これを使っちゃうんだよね』っていうような商品になれれば、それなりの値段でもニーズが出てくると信じています」

成熟した業界における商品開発はたやすいものではない。下町のベルト職人が情熱を注いだ「伸びる本革ベルト」が、日本のビジネスマンの定番アイテムとなる日を夢見る。

有限会社長沢ベルト工業
東京都葛飾区堀切3-19-4 map
http://www.nagasawabelt-kougyo.jp/