すし職人とソムリエのマリアージュ 南青山「鮨m」に極まれり

すし職人とソムリエのマリアージュ 南青山「鮨m」に極まれり

東京都心とは思えない閑静なロケーションながら、クリエイティブな刺激にあふれる街・南青山。2019年4月、根津美術館のほど近くにオープンした『鮨m(すしえむ)』は、すし職人とソムリエが互いの感性を融合させた店だ。

南麻布「鮨心」の大将・中村導昌さん(40歳)が握ったすしと、青山の有名レストラン「NARISAWA」のトップソムリエだった木村好伸さん(41歳)がセレクトした美酒をペアリング。目の覚めるような組み合わせにグルメ客の舌は魅了され、開店早々から人気を博している。

すし屋らしからぬ空間と演出

のれんをくぐると、墨色を基調としたシックな空間が広がっている。凛とした美しさが光るカウンターの木材は、伊勢神宮に奉納される予定だった樹齢200年以上の木曽ヒノキだ。

L字型のカウンター12席がすしを握るつけ場を囲む。つけ場の奥にはソムリエ専用のカウンターが配置され、すし職人とソムリエの所作が客席から見えるよう工夫されている。

「レストランのようにお客さまの後ろからサービスするのではなくて、ドリンクも中村のすしと一緒に前からお出ししたかったんです」(木村さん)

メニューは全24品からなる「おまかせコース(3万円税抜)」のみで、19時に一斉スタート。14~15種類のすしをはじめ、重湯から前菜、天ぷら、デザートなどがストーリー仕立てで出てくる。ワインと日本酒が軸のドリンクは、2品に1つのペースで供される。

そして20時から店内の灯りが少しずつ暗くなり、今日一番のネタを握る時間が訪れる。中村さんのよどみない手仕事にスポットが当たり、まるで劇場のような演出に自然と引き込まれる。

素材本来の力を引き出す育成寿司

中村さんは独自の技術を織り込んだすしを『育成寿司』と名付けている。仕込みにひと手間もふた手間もかけて、温度や水分量、脂の量などをネタごとに調整することで、素材本来の力を引き出すのだ。

「貝をゆでるにも、60度を超えると貝のタンパク質が固くなるんです。たとえばハマグリなら50度15分くらいで煮ると、火は通っているけど固くならない。知っている素材なんだけど、知らない味に持っていけるんです」(中村さん)

鮨mでは全てのすしを“塩”で食す。定番のしょうゆは、それ自身の風味が強いため少量で満足してしまうという。

「これがおしょうゆだったら食べきれないと思います。でも、僕らのやり方だと食べれてしまう。魚が新鮮なので、漁師さんが船の上でさばいて、海水をつけて食べるのと同じ感覚なんです」(中村さん)

シンプルな天然塩を基本に、薫製塩やハーブソルトなどを見事に使い分け、食材の魅力を広げる。

料理を完成させるトップソムリエの技

他店でお目にかかれない希少なドリンクに出会えるのも鮨mならでは。ソムリエの木村さんが豊富な人脈を活かし、厳選して取り寄せたワインと日本酒が特注の保管庫に並ぶ。

この日握ってくれたハマグリに合わせるのは、秋田の新政酒造から直接仕入れた低精白純米酒『涅槃龜(にるがめ)』。

「口当たりが良くなるようにマイナス10度に冷やしてお出ししています。まず、やさしい甘みがハマグリの甘みとよく合わさっていきます。そしてハマグリの塩味と、日本酒に含まれる若干のミネラル感を合わせたイメージですね」(木村さん)

すしとワインは合わせづらいというイメージを持つ人は少なくないのではないだろうか。

「ワインもいろいろな種類があるので。たとえば、酸味が立っている赤ワインはコハダに合ったりとか。熟成している白ワインは、中トロの優しい甘みと相性がいいんです」(木村さん)

ペアリングを完成させるため、木村さんはその日のネタをすべて味見する。中村さんに味付けを調整するよう頼むこともあるそうだ。

「すしを98パーセントくらいの状態にして、残り2パーセントをドリンクでマリア―ジュしていく。そうして100パーセントを少し超えるような料理構成にしています」(木村さん)

食をめぐる原点回帰の旅

鮨mの開店にあたり、二人は1年かけて食をめぐる冒険に出かけた。日本全国を旅して、とくに地方の豊かさに驚かされたという。

「ある時期の一瞬しかない、その土地でしか出回らない食材があるんです。そんな突き抜けた秘境の美食をいろいろな人に知ってもらいたい」(中村さん)

食に対して底抜けの探求心を持つ二人は、旅先で出会った農家、漁師、蔵元、仲卸たちを、最大の敬意を込めて“食の変態”と呼ぶ。

ある漁師は、ウォーターベッドに横たわっているような状態で魚介類を届けたいからと、スポンジや保冷剤などを計算し尽くして出荷する。ユニークなことに、その漁師宅に泊まって、寝食を共にしないと取引してもらえないのだとか。もちろん二人はその条件をクリアした。

「すごい人に出会ったら、『誰かいい人がいたら紹介いただけますか』と尋ねます。変態を見つけるには変態に聞くのが一番なので(笑)」(中村さん)

重視するのは産地ではなく生産者。二人は人の縁をつなぎながら地方の生産者と直に会って信頼関係を育み、独自の仕入れルートを築いていった。

誰も感じたことのないダイニングを提供したい

鮨mの“m”はマリアージュを意味している。料理とお酒、ネタとシャリ、お客さまとスタッフ、そして中村さんと木村さんのマリアージュと、いろいろな想いが込められている。

18歳からすし職人のキャリアを積んできた中村さんは、都内ですし店2店舗を経営、1店舗をプロデュースする。独立してからの10年間は自分の成長よりも、会社と社員のために汗を流す毎日だったという。

「すし屋にある根拠のない常識を変えたいんです。おしょうゆがあってガリがある、板前さんが怖い、修業が厳しい。素晴らしい文化は残しながらも、進めるべきものは進めて、子供たちから『おすし屋さんってかっこいい』って言われるようなモデルになりたいですね」(中村さん)

木村さんもまた、ソムリエとしてシェフに尽くしてきた10年を一区切りに、これからは自分の表現をしていきたいという思いを抱いていた。そんな二人が出会うべくして出会い、生まれたのが鮨mだ。

「すしって世界に誇る最高のフィンガーフードじゃないですか。僕らがやりたいことを素直に表現して、誰も感じことのないダイニングを体験してもらう。波長が合う方にどんどん広がっていけばいいですね」(木村さん)

彼らの言葉には、日本の食文化に対する一種の使命感が感じられる。食を愛する世界中の人をうならせる日はそう遠くないだろう。

鮨m(すしえむ)
東京都港区南青山4-24-8 アットホームスクエア2F map
03-6803-8436
19:00~23:00
日曜定休
https://www.sushi-m.com/