越谷の廃棄イチゴを救った「かけジャム」の三方良し

越谷の廃棄イチゴを救った「かけジャム」の三方良し

高度経済成長期より、首都圏のベッドタウンとして発展してきた埼玉県越谷市。特産品であるくわいやネギはもちろんのこと、米や小松菜、ほうれん草など、実はいろいろな種類の作物が栽培されており、都市近郊農業が盛んです。

そんな街にある『地場野菜イタリアン カポナータ』は、一流ホテル出身のオーナーシェフが、料理への探求心から自ら農業現場で学んだことをきっかけに、独立開業したお店。越谷近郊の契約農家30軒から仕入れる100品目以上の旬な食材を堪能することができます。

「本来は、地元の食材を使った料理が食べられるっていうのがレストランの基本なんですよ。旅をしてでもその土地のものを食べるっていう。そこに立ち返って、地域を感じられる店がやりたかったんです」

新鮮な素材で作られるメニューの中でも、季節ごとに変わるパスタは、四季の魅力を楽しむことができる一品です。秋の味覚が味わえる『越谷産きのこと深谷牛のボロネーゼ』は、立ち昇る湯気からきのことお肉が芳醇に香り、食欲がそそられます。

同店で腕を振るうオーナーシェフの鈴木実さん(52歳)は、越谷の新名品『苺のかけジャム』(500円~)の生みの親でもあります。店の入り口にずらりと並ぶこの商品は、一体どんなものなのでしょうか。

ドレッシングのような新しいジャム

苺のかけジャムは、ドレッシングのようにかけて使うゆるやかな液体状のイチゴジャムです。主役のイチゴはもちろん、風味づけの蜂蜜も100パーセント越谷産で、さらに越谷市の広域連携先である徳島で収穫されたスダチをブレンド。シェフが一つひとつ手作りしていきます。

2016年に発売したプレーン・苺ミルク・苺バルサミコという3種類のフレーバーからはじまり、抹茶・黒ゴマ・あんこを使った和テイストシリーズも誕生。季節のフルーツや野菜も加わって、生プルーン・メロン・トマトなど、これまでに約20種類が販売されてきました。

ヨーグルトやパンにさらっとかけられるので、忙しい朝にもぴったりなかけジャム。今や、越谷市民が選ぶ地元土産の代表格といえるほどの人気商品となりましたが、これは農家と強い結びつきがある鈴木さんだからこそ生み出すことができたものなのです。

原動力になった料理人の使命感

きっかけは、イチゴの観光農園を営むご主人から寄せられた相談でした。毎年、イチゴ狩りのピークであるゴールデンウィークを過ぎたあたりからイチゴが余り始め、最終的には安く売り払うか、廃棄するしかないというのです。その量は年間1トン以上。

そこで鈴木さんは、余ったイチゴを適正価格で買い取り、活用しようと思い立ちました。

「正直なところ、コストだけを考えれば廃棄した方がいいんです。でも、せっかくの自然の恵みを捨ててしまうのはもったいないですから。手間暇かけてでも育てたものを大事にしようということを、農家さんにも伝えたかったんです」

そしてもう一つ、鈴木さんには自分に課したミッションがありました。

「大変な思いをして作物を育てても収入が増えない農家さんをたくさん見てきました。金銭的なお手伝いはできないけど、注目を集めて生産者の地位を向上させることはできるんじゃないかと思ったんです」

その方策として、真っ先に思い浮かんだのはイチゴジャム。プロの料理人の手にかかれば、ジャムを作ること自体は造作もないことです。ただ、商品化しても、その存在をたくさんの人に知ってもらうすべがありませんでした。

そこで、越谷市が主催する『こしがやブランド』に応募しようとしたところ、市役所からは、ありきたりすぎると難色を示されてしまいます。それでも諦めることなく、連日、市役所の各課をまわって思いを訴え続けたところ、鈴木さんの熱意に動かされた職員から、商品開発のコンサルタントを紹介されました。

ここから、イチゴジャム開発が前進することとなったのです。

課題を商品特長に

開発の過程で問題となったのは、ジャムのとろみを出すために必要なペクチンがイチゴにはほとんど含まれないということ。そのため、とろみを出すには、人工添加物を入れる必要がありました。しかし、ここだけは鈴木さんにとって頑として譲れないところだったのです。

「どうしても添加物は入れたくありませんでした。それならいっそ、自然なままでいいんじゃないかという発想になったんです」

そのひらめきから、ドレッシングを入れるようなスラッと細長い瓶に入れ、あえてジャムらしくない見た目に。無添加であるがゆえに日持ちが悪くならないよう、50度以上の糖度で、かつ低糖度に抑えるようこだわりました。こうして約2年にもおよぶ格闘の末に、かつてないジャムが完成したのです。

今では、提携農家や越谷市の観光物産拠点施設『ガーヤちゃんの蔵屋敷』、インターネット販売と、順調な広がりをみせています。

かけジャムが開く新たな扉

試行錯誤の末に生み出されたかけジャムは、2016年に『こしがやブランド』の認定を受け、さらに、国土交通省関東運輸局の『TOKYO&AROUND TOKYO』で外国人観光客向け地場産品として認定観光振興推奨賞を受賞。翌年には、農林水産省後援の『ふるさと名品オブ・ザ・イヤー』で隠れ名品撲滅部門賞を受賞しました。

そんなかけジャムは今、福祉業界からも熱い視線を集めています。

片手でもふたが開けられ、傾けるだけで中身が流れ出るので、高齢者や障害のある人にも使いやすいという思わぬ反響があったのです。そこで鈴木さんは、2020年に開催予定の東京パラリンピックの選手村に商品を届けようという構想を練っています。

「当初は、これほど大きな試みになるとは思っていませんでした。むしろ、50歳を過ぎたら、自分の人生を少しずつ閉じていこうと思っていたんです。そうしたら、苺のかけジャムに始まって、閉じるどころかどんどん広がっていきましたね」

農家が抱えていた課題を地産地消することに成功したかけジャム。この美しすぎるプロセスストーリーは、多くの共感を呼び、商品の魅力となっています。地域の誇りがぎゅっとつまった“口福”を一度ご賞味あれ。

地場野菜イタリアン カポナータ
埼玉県越谷市東越谷6-122-3-2階 map
048-967-0077
ランチ11:30~15:00(LO.14:00)/ディナー18:00~22:00(LO.21:00)
水曜定休
https://r.gnavi.co.jp/g568900/
http://caponata0077.com/