製造現場の「欲しい」が大ヒット!奇跡の潤滑剤を生んだ成功の手引き

製造現場の「欲しい」が大ヒット!奇跡の潤滑剤を生んだ成功の手引き

千葉県松戸市。静かな街並みを行くと、突如として大きなスプレー缶のオブジェが現れる。

よく見ると、どうやら記念撮影用のフォトフレームらしい。傍らの四角い建物には『スズキ機工株式会社』とある。それにしても、かわいらしいマスコットキャラクターでも、ひょうきんな顔出しパネルでもなく、なぜスプレー缶なのか。ここを訪ねる人なら誰でも、その理由を知っている。

極圧潤滑剤『LSベルハンマー』(420ml・2916円税込)。それがスプレー缶オブジェの正体だ。さびついた金属部分にひと吹きすれば、すべりの悪い網戸の開閉は楽になり、バイクのチェーンはなめらかな動きを取り戻す。2012年の発売以来、口コミから人気に火がつき、多くのメディアから取り上げられている話題の商品だ。

開発元のスズキ機工株式会社は、専門業者もなく、どこにも売られていない“一品もの”産業自動機械の製作と、ベルハンマーのような自社ブランド商品の開発・販売という二本柱で事業を展開している。2016年度には後者の好調な販売に牽引され、過去最高の業績を記録。わずか16名の従業員で、快進撃を続けている中小企業なのだ。

代表取締役の鈴木豊さん(48歳)に続いて工場内に足を踏み入れると、そこには驚くほど整然とした明るい空間が広がっていた。

「毎朝8時半から9時の間は他の仕事を一切禁止して、工場の中の環境整備を全社員で行っています」

ちりの積もった場所はどこにもなく、あらゆるものがきっちりと整理整頓されている。それぞれの工具と収納場所には番号がふられており、工具が迷子にならないよう工夫されているのが見てとれる。さらに足を進めると、形状・サイズで細かく分類された部品が大量に保管されているキャビネットに行き当たった。

「よく、在庫は悪だなんて言われることがあるけれど、違うんですよ。在庫は宝なんです。これがあるから、お客さまの要望に即日対応できるわけですから」

“即日対応”。なにやらキーワードの匂いがする。詳しく知りたいとお願いすると、鈴木さんは会社のとある方針について語ってくれた。

地域戦略で最大級のパフォーマンスを

「とにかく、来る仕事は何でも受けていた時期もありました。でも、それではただ忙しいだけで、全然収益を見込めないということに気がついて。今では、遠くても自社から車で1時間以内のところにある企業からの仕事しかいただかないことにしているんです」

同社が製作するのは、オーダーメイドの自動機械。この世にない全く新しいものを作り出すだけに、初めての試みの連続だ。それはつまり、何度も現場を視察したり、アフターフォローに足を運んだりしなくてはいけないということ。営業エリアを絞っている理由は、そこにあるのだという。

「一品ものメーカーとして、一番大切なのが移動距離だと思います。そこを改善するために、地域戦略をとっているのです」

営業エリアは確かに狭い。その代わり、地域内であれば最速・最高の対応で、顧客満足度を最大限に引き上げることに全力を尽くす。この一点突破型の地域戦略によって、取引先と深い信頼関係を築いてきた。

これまで同社が世に送り出してきた自社ブランド商品も、実はユーザーの声に端を発するものばかりなのだ。

現場の声から商品開発

「ベルハンマー誕生のきっかけは、お客さまの声であり自分たちの声でもありました。今まで使っていた潤滑剤だとすぐに機械コンディションが悪くなっていたので、いっそのこと自分たちが使いやすいものを作ってみたんです」

市販の潤滑剤の多くが表面部分にしか付着しないのに対して、ベルハンマーは金属の深層部にまで浸透する。これによって、金属同士の接触面がスケートリンクのようになめらかになる上に、その潤滑性も長く持続されるのだ。

両者の性能の違いを確かめるため、工場にある試験機で実験を見せてくれた。

高速回転する金属に潤滑剤を吹きかけ、上から圧力を加える。市販品の方は、女性一人の軽い力で回転が止まるのに対して、ベルハンマーは、男性を含めた3人がかりで力を加えても回り続けた。あまりにも差が歴然としていて、目をみはるばかりだ。

もともと機械メンテナンス用に開発したはずが、今や、個人ユーザーからも熱烈な支持を得るまでに。「ポケットに入れて持ち歩きたい」「家庭用には量がやや多い」という声を受け、ついには約4分の1サイズのミニスプレー型を開発。どうせなら印象的な売り方をしたいとクラウドファンディングを募ったところ、220名にも上る支援者が集まった。

その他にも、極薄のビニールもすぱっと切ることができるハサミ『ベルシザー』(2700円税込)は、食品会社からのリクエストで誕生。原料が入った袋を開封する際、一般的なハサミだと、ビニールが刃の間に食い込んでなかなか切ることができず、何度も刃を動かすうちに切っ先からビニールがボロボロになってしまう。金属探知機でも発見することができないビニール片の混入リスクを、どうにか軽減したいという現場の声が形となった。

そして2017年8月に発表した最新商品が、ウェブサイト上で部品を組み合わせ、電気制御盤をセミオーダーできる『空っぽ制御盤』だ。機械の遠隔操作に用いられる電気制御盤は、産業現場において欠かせない。簡易的なものであれば、部品の調達から組み立てまでを自身で行うことも多く、2週間程度かけて完成させるという。ところが、この商品を午前10時までに注文すれば、配線も加工も済んだ完成品が当日出荷で届けられる。時間的なコストや労力が大幅に削減できる、ありそうでなかった商品なのだ。

一見、便利な注文様式を整えただけのように見えるが、それだけではこのサービスはなし得ない。機械装置のプロ集団と豊富な在庫が常にそろっている同社だからこそ、展開できるのだといえるだろう。

成功の鍵は「継続循環」

聞けば聞くほど負け知らずの会社のように思えるが、「とんでもない。失敗作もたくさんありますよ」と鈴木さんは肩をすくめる。

「これまでの経験から、商品開発に3つの基準を設けることにしたんです。継続的に消耗されるもの・消耗品が生じるもの・契約が自動更新されるもの。このいずれかに当てはまれば、開発を進めることにしています」

たとえば、電線収納ラック『パケットリールシステム』は、絡まりやすく保管にも困りがちなケーブルを美しく収納・持ち運びできるアイテムだ。この商品は、収納用フレームとケーブルをセットで販売。ユーザーは空のボビンを返却すると、次回以降の注文ではボビン代金が値引きされた価格で、ケーブルを買い足すことができる。商品自体が便利なだけでなく、継続して購入したくなる工夫がなされているのだ。

「販売サイクルが継続すると踏んだら、新規事業として立ち上げる。そして、勝つまでやるんです。リスクをとってでも商品を売ろうという気概が経営者にあるか、そこに懸かっていると思います」

同志と挑む次のステージ

数々の成功をおさめてきた鈴木さんの緻密な戦略は、実はある一冊の手帳から生み出されている。

「全社員がこの経営計画書を持っているんです。これがなかったら今のスズキ機工はないですね」

パラパラとページをめくると、確かに環境整備や営業エリア、新商品を開発するときの基準など、これまでに登場した話題が一冊にまとめられている。同社では手帳にして携行することで、常に全社員が経営方針に沿って行動できるようにしている。

「今後は人材育成に力を入れていきたいです。今は私が即断即決して、それについてきてもらうスーパートップダウンの状態だけど、より企業を成長させるためには、組織としての体制を整えていく必要があると考えています」

モノ作りの会社であると同時に、モノ作りのプロを育てる会社へ。次のステージへと進むためにも、教育を基盤とした組織育成を図っていきたい。そんな狙いもあって、同社では来年から新卒の定期採用を始める計画だ。

まだまだ、未発掘のニーズはたくさんある。だからこそ鈴木さんは、どれだけ些細なことであってもユーザーの声に耳を澄まして、他では手に入らない一品ものを作り続けるのだ。その姿が多くの企業人を惹きつけ、工場見学や取材など、話を聞きに訪ねてくる人は後を絶たない。

鈴木さんは間もなく次の客人が到着すると言いながら、「最後に物を言うのは、どれだけスズキ機工のファンになってもらえたかということですよ」と笑顔で我々を送り出し、手を振った。

スズキ機工株式会社
千葉県松戸市松飛台316-3 map
047-385-5311
http://www.suzuki-kikoh.com/