人の繋がりがつくる理想の響き。あのトップアーティストの音色も奏でる国産アコースティックギター

人の繋がりがつくる理想の響き。あのトップアーティストの音色も奏でる国産アコースティックギター

「いま何が売れているかっていうのは、駅の改札を見ていればわかるんです」

埼玉県草加市でアコースティックギターのプロデュースや企画販売を手がける、有限会社オフィス ヨコ代表取締役・横澤田正行さん(69歳)は語る。

「若い子達がギターケースを背負って駅の改札から出てくるでしょ。海外メーカーが多いなとか、国産だとどこが売れてるなとか。エレキが売れたり、アコースティックが売れたり大小あるけれど、だいたい10年周期くらいでブームが来るんですよね」

横澤田さんが手がけるギターは一本一本、ハンドメイドで作られる高級品だ。トップアーティストにも数多く使用され、坂崎幸之助さん(THE ALFEE)、山崎まさよしさんをはじめ、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。

「本物」を作りたい

横澤田さんがギターの世界に入ったのは昭和40年。日本ではフォークソング全盛期にギター製造企画・卸売業を営む株式会社テイハツに入社した。

当時のギターといえば、皆が憧れるマーティンやギブソンなどの海外メーカーと、ヤマハやモーリスなどの国内大手メーカーが市場の大半を占め、残りの市場を初心者向けの安価なギターを扱う中小メーカーが競っていた時代だ。

「海外ブランドにも負けない、とにかく品質の高いアコースティックギターを作りたくて。会社にワガママを言い続けて、なんとか許しをいただきました」

それから2年の歳月をかけて開発。1993年にアコースティックギター専門の自社ブランド『VG』で本格的なギターの発売にこぎつけた。

「製作工場の職人さんと闘いの日々でしたね。元々は安いギターを作っていましたから。当時は工場側も品質レベルが甘くて。それこそサウンドホールからギターの中を覗くと、クズが入っていたりとか、塗装がはみ出ていたりとか」

それでも、横澤田さんは何度も工場に足を運び、「良いものを作りたい。本物のギターを作りたい」その気持ちを伝え続けた。そうしていくうちに、少しずつ職人たちの技術レベルは上がっていき、モノづくりを通して応えてくれるようになっていった。

トップアーティストの感覚を知る

「当時、渡辺香津美さんに『VG』を使ってもらって、意見を頂いていたんですよ。正真正銘、最高のギタリストですから。とても感覚的で、当然要求レベルも高い。それに応えるために本当に細かな調整を重ねて音を作っていきました。そうすることで作り上げられたギターは、楽曲と一緒に価値を高めていく。それがブランドを作っていくということなんだと思います」

トップアーティストともなれば、その世界観は独創的であり、音の質と個性を併せ持つ高度なギターづくりが求められる。同じアーティストでも、曲ごとに求められる音色も変わるという。

その後、1996年に株式会社テイハツは倒産するが、自営で企画販売を始める。製作は、数々の海外有名メーカーのOEMも手がける株式会社寺田楽器製作所の協力を得た。

そして1999年11月、有限会社オフィスヨコを設立。
2001年『Infie』 、2004年『TSK』、2008年には『T’sT』と、立て続けに本物志向の新製品ブランドを投入。いまでも『VG』は、坂崎幸之助さんも愛用しており、毎年のツアーや新曲に使われている。

国産メーカーの生命線

「ギターを制作するためには、まず自分の頭の中で理想の音色を描いてから設計します。パーツそれぞれに数えきれないほどの形や材質がありますから。それらを組み合わせて、さらに削り方や材の太さなどを微妙に調整する。そこにギターの個性が出てくる。完成後も、一本ずつ調弦した状態で音の鳴りを聴いて検品します。アーティストが求める高い品質を提供し続けることが、国産メーカーの生命線ですね」

ギターというひとつのカタチの中で、職人の経験と手作業によって無限の音色がつくられていく。それは製作者の力だけでなく、演奏するアーティストから刺激を受けることで、世界はより一層の広がりをみせる。

近年では、フジテレビ系音楽番組『坂崎幸之助のももいろフォーク村NEXT』が開始。
人気絶頂のアイドルグループ『ももいろクローバーZ』のメンバー5人のために5色のカラー展開で特注されたギターは、横澤田さんが手がけた。当モデルは全国ツアーなどでも度々使用され、『VG EAR01 Custom Z』として一般にも販売されている。

ちなみに、彼女たちのような女性の初心者でも扱いやすい薄めのボディで、室内で鳴らすのにも適したサウンドホールがないモデルをベースにしているが、楽器としての品質には全く妥協はない。

人が生み出す最高のパフォーマンス

昨今は音楽の世界にもデジタル化の波が押し寄せ、リズムパートだけでなく、弦楽器のギターでさえサンプリングされたデータ音源によってコンピューターが演奏する時代。ライブハウスなどで生の音を聴く機会も少なくなってきている。

しかし、そんな時代だからこそ、アナログの良さが求められていると横澤田さんは言う。

「倍音ってわかりますか?少し専門的な話になってしまうのですが、例えば『ド』という音を弾くと、同時にその倍の周波数の音も鳴っているんです。人間にはほとんど聞こえないんですけどね。でも実は、その倍音が人を感動させるんです。私たちは、その聞こえない音を綺麗に響かせるように、ギターの細かな形や材質を設計しているんですよ。そういう生の響きを体験できる場を、音楽業界全体で作っていければ良いなと思いますね。プロのアーティストだけではなくて、音楽教室の発表会でも良いんです」

新たな技術やサービスが登場し、音楽のスタイルや楽しみ方はどんどん多様化していく。
しかしその一方で、時代は移り変わっても、人が本当に美しいと感じる価値は変わらないのかもしれない。

「僕らの時代は、コンサートホールで遠くまで綺麗に聴こえるのが良い楽器だと言われていたんですよね。でも結局、人が使うものですから、人と人のコミュニケーションが良い楽器をつくるんです。正直ずっと苦労し続けていますよ」

横澤田さんは優しく笑いながら、言いきる。

楽器の個性よりも、弾き手に寄り添うことを大切にする横澤田さんのギター作り。
アーティストによって生み出される素晴らしい音楽が、クラフトマンの熱い想いが宿った楽器を媒介し、世界中の人々を感動させていく。

ここにすべてのモノづくりに通じるロマンを垣間見た。

Office Yoko(オフィス ヨコ)
http://www.hi-ho.ne.jp/office-yoko/index.html