手芸好きの心をつかむ 帆布とミシンと職人たち

手芸好きの心をつかむ 帆布とミシンと職人たち

お金を払えば大抵のものが手に入る。そんな時代に逆らうように今、手づくりの楽しさにハマる人が急増中だ。ここ数年では、個人で作品を販売できるECサイトやアプリが人気を集め、主婦層を中心に静かなハンドメイドブームが起きている。

自分だけのオンリーワンを求めて、手芸好きがこぞって訪れるのが、布や洋裁用品の専門店が軒を連ねる東京の一大繊維街・日暮里である。

いいものを適正価格で届けたい

日暮里に店を構えて70年。株式会社茂木商工は、帆布製品の製造から販売までを一貫して行う、都内では数少ない会社だ。

帆布とは、綿や麻などを平織りにした耐久性の高い生地で、産業用資材やアパレル製品などに幅広く使われている。帆布の卸問屋として創業した同社は、需要の高まりに応えて40年ほど前から、事業の軸を製造卸に転換。現在は茂木克夫さん(67歳)、弟の郁治さん(64歳)、甥の宏之さん(37歳)の3人で会社を切り盛りしている。

作るものや用途に合わせて30台ものミシンを使い分け、巧みな手足さばきで次々と商品を仕上げていく。これまでも、数々のOEMを手掛けてきた実績を持ち、名だたる有名ブランドからの厚い信頼でたしかな地位を築いてきた。

「ただ、OEMは発注元の意向もあり、どうしても利益が先行してしまいます。いいものを適正価格でエンドユーザーに届けたいという歯がゆい気持ちがありました」と代表取締役を務める克夫さんは語る。

そんな思いから5年前、ファクトリーブランド『BLUE SWALLOW(ブルースワロー)』を立ち上げた。

自分好みが手に入るファクトリーブランド

工房兼店舗には、ちょっとした買い物に便利な巾着袋やA4サイズが収納できるトートバッグなど、さまざまな形や色のアイテムが並ぶ。どれも帆布の風合いを生かしたシンプルなデザインに、青ツバメのロゴマークがひかえめに刺繍されている。ここでは、それらを購入することはもちろん、生地の厚みや色をカスタムオーダーすることもできる。

また、フルオーダーメイドの注文も受け付けており、およそ1~2ヵ月で世界にひとつだけの帆布アイテムを作り上げてくれる。これまで受けたオーダーの中には、犬小屋などちょっと変わったものも。他店だったら断られてしまうような特殊なオーダーにも柔軟に応えられるのは、高い技術力はもとより、お客さまの希望をできる限りかなえたいと思う、高いホスピタリティーによるものだろう。

ワークショップから広がるものづくりの輪

さらに新たなファンを引き寄せているのが、ワークショップ『工業用ミシンで作る帆布トートバッグ』の開催だ。

職人が実際に使用している道具を使い、90分間で高さ28cm・幅48cm・マチ幅12cmの帆布バッグを製作していく。底布を15色から、持ち手の長さを2タイプから選び、自分の好みに仕立てられるのも魅力のひとつ。材料には、家庭用ミシンでは針が通らない厚手の6号帆布とヌメ革が用意され、ここでしかできない体験を提供することがコンセプトだ。

洋裁が趣味だという女性参加者からは「憧れの工業ミシンに触れられるだけでも興奮でした」「こんなに完成度の高いバッグを作ることができて大満足。自分で作ったとは思えないですよね」などの喜びの声が挙がる。

もちろんミシンを扱ったことのない初心者でも、マンツーマンで丁寧に指導をしてくれるのでご安心を。茂木さんたちの明るいキャラクターで、いつの間にか緊張もほぐれ、工房にはミシンが針を進める音と笑い声が響き渡る。

「ひと昔前までは、一般の方を工房に入れることはタブー視されてきたけれど、今の時代はそうじゃない。お客さまに現場に来ていただいて、体感してもらうことに価値がある。私たちみたいな小さな工房の商売のやり方は変わっていく必要があると思います」

同ワークショップは、毎月第2土曜日に全4回実施され、各回定員は4人。参加費は材料費を含めて5000円(税込)。参加申し込みはメール、FAX、Instagramのダイレクトメールで受け付けている。

回を重ねるごとに応募者は増え、現在では抽選になってしまうほどの人気ぶり。中には評判を聞きつけて、北海道や静岡など遠方からやってくる人もいるという。少しでも多くの人を受け入れたいと、日曜日に追加開催することも試行している。こうした小回りの利いた対応ができるのも、小さな工房ならではだ。

「商売意識でやろうとしないところがポイントかな。お客さまに帆布を知ってもらう機会にできたらいいんです。値段・内容・商品の全てにおいて満足いただける自信は持っています」

その言葉を証するように、参加者の多くがSNSに感想を写真付きで投稿してくれたり、同社のアカウントにコメントを寄せてくれているそうだ。体験に裏打ちされた口コミは、説得力のある情報として拡散され、自然とフォロワーや来店客が増えていくという好循環を生み出している。

目指すは帆布のプロショップ

ワークショップ終了後も、工房内は活気を帯びている。創作意欲をかき立てられた参加者たちが、皆揃って帆布生地を購入していくのだ。

同社では2年前から、プロ向けの反売りに加えて、個人でも手軽に購入できる1m単位のカット販売を始めた。棚に積み上げられた約80種類の生地の中から、気に入ったものを指定する。作業台に広げられた大きな帆布が、裁断機で美しくカットされる様子は、見ているだけでも気持ちがいい。

もしも、たくさんの帆布を前に迷ってしまっても、職人が用途に適した生地選びや扱い方、作り方の相談にのってくれる。一人ひとりに向き合った手厚い接客はまさしく“帆布のコンシェルジュ”であり、何度も足を運びたくなる。後日、完成した作品を見せにわざわざ店を訪れる人も少なくないという。

さらに、購入した生地を入れてくれるショッピングバッグまでも帆布製というこだわり様。金額を問わず、全員にプレゼントしているというのだから驚きだ。

「これなら捨てずにまた使ってもらえるでしょ?場合によっては、売上げよりもコストの方がかかってしまうけれど、私たちはお客さまに感動を与えたいんです」

こういった細やかなサービスが行えるのは、製造元である工房ならでは。彼らの商品への自信とおもてなしの心が伝わってくる。

「幸せなことに、うちには頼もしい跡継ぎがいるからさ。引退したら窓際にミシンを置いて、オーダーメイド商品をひたすら作っていたいな。通りを歩く人がここをのぞいたとき、蝶ネクタイをしたおじいさんが鞄を作っている姿が見えたら素敵でしょう?」

出来立てのバッグを手にした参加者たちの笑顔につられて、「たまんないねぇ」と職人たちにも思わず笑みがこぼれる。ものづくりを通じた交流は、どこまでも純粋で人情味にあふれていた。

株式会社茂木商工
東京都荒川区東日暮里4-14-13 map
03-3891-5678
9:00~18:00
日曜・祝日定休
http://www.mogi-shoko.co.jp
https://www.instagram.com/mogi_shoko_official/